旭化成ワッカーシリコーン株式会社 > テクニカルライブラリー > 過酷な湿熱環境下でも樹脂の加水分解を抑制する液状シリコーンゴム

過酷な湿熱環境下でも樹脂の加水分解を抑制する液状シリコーンゴム

 

pdfdl.jpg

はじめに

 樹脂材料は金属・無機材料に比べて軽いという長所を持つが、有機物であるため、熱、光、電気、放射線などに対する耐性は金属・無機材料に比べて弱く、劣化しやすいという短所がある。樹脂材料の劣化を促進する因子はいろいろと存在し、多くの場合、樹脂に対して長期的・複合的に作用する。従って、樹脂材料を工業用部材に用いる場合には、樹脂の特性を把握し、使用環境に応じた適切な劣化対策(長寿命化設計)が必要となる(1)。今回紹介する過酷な湿熱環境下でも樹脂の加水分解を抑制する液状シリコーンゴムは、過酷な湿熱環境下で加水分解性を持つ樹脂の加水分解を抑制し、耐湿熱性を向上させるだけでなく、難燃性も向上させる効果を付与することができるため、従来は使用が困難であったさまざまな用途への展開が期待できる。

 

 

1. 樹脂材料に求められる特性

 樹脂材料は使用する環境によって求められる特性はさまざまである。例えば、耐光性、耐候性、耐熱性、電気的耐久性、耐水性、耐湿性、耐薬品性、寸法安定性、耐摩耗性、耐疲労性、耐生物性などいった特性が挙げられる。樹脂材料は過酷な環境下で使用されることが多く、耐光性、耐候性、耐熱性、耐水性、耐湿性、耐薬品性といった特性に関する不具合事例が比較的多いとされる(2)

     

ts03-018-1.png

 

2. 樹脂の加水分解と対策

 分子中にエステル結合を持つPC(ポリカーボネート)、PET(ポリエステル)、PBT(ポリブチレンテレフタレート)、あるいはPA(ポリアミド)やPUR(ポリウレタン)、TPU(ウレタン系熱可塑性樹脂)、ポリエステル系熱可塑性エラストマー(TPEE)といった樹脂は、長期間、高い湿度と温度に曝されると加水分解を起こす。そのため、これらの樹脂では耐湿熱性に対する要求が非常に厳しい(3)(4)


BYKgardner.jpg         

図1. PETの加水分解



 加水分解を起こした樹脂は、分子量が低下し、表面がべたついたり、耐久性や剛性、強度などが著しく低下するなどの不具合が発生する。さらに、酸やアルカリ存在下では分解が促進し、不具合はより深刻化する。従って、これらの樹脂は加水分解対策が必須であり、多くの研究開発が行われている。例えば、PBTの原料ペレットは、吸湿した状態で成形すると、加水分解により、機械的物性の低下や、気泡などの外観不良を起こす。そこで、これを防ぐために、原料ペレットには予備乾燥が必要となる。また、製造では重合条件を調整し、加水分解安定剤を配合するなどにより、PBT分子中の末端カルボキシル基量を低減し、製品の耐加水分解性を向上させる(5)。しかし、樹脂の使用環境に対する要求はますます厳しくなっており、さらなる対策が求められている。


     

3. シリコーンによる耐加水分解性の向上

 樹脂の耐加水分解性を向上させる有効な手段のひとつとして、耐候性に優れる液状シリコーンゴムを樹脂表面に薄くコーティングし、保護膜を形成することが従来より行われている。弊社でも、このような要求に対応した各種液状シリコーンゴム製品(ELASTOSIL®シリーズ)を取り揃えている。そして、ELASTOSIL®製品は、広い分野のさまざまな用途に使用されている。


tl2-012-4.png tl2-012-2.png tl2-012-3.png
tl2-012-6.png tl2-012-5.png





4. 加水分解性樹脂用液状シリコーンコーティング材

 近年、シリコーン保護膜に対する軽量化要求が厳しくなっている。一方、樹脂の条件も難しくなってきている。例えば、高機能化のため各種添加剤を配合した薄いフィルムや、表面に油剤などが存在する未精練の合成繊維織物などは、樹脂以外の成分の影響によって、薄いシリコーン保護層では劣化が進行しやすく、物性低下や剥離などの不具合を生じることがあった。そこで、弊社では、湿熱下で加水分解を起こす樹脂に対して、過酷な湿熱環境下でも加水分解の進行を抑制し、耐湿熱性を付与することができる、新しい液状シリコーンコーティング材を開発した。
 

 
4.1 SLJ 40815 A/Bの特徴
今回紹介するプロトタイプ(SLJ 40815 A/B)の基本物性を表1に示す。本製品の特徴は以下の通りである。
    tl2-012-7.jpg





付加硬化システムのため硬化が速い。
低粘度2液型のため取扱いやすく、基材形状にあわせて薄く、かつ、均一なシリコーン層を形成できる
自己接着性のため、さまざまな種類や状態の基材に強 力に接着し、保護効果を長期間維持できる。
無溶剤型のため、溶剤による劣化を起こさず、環境負荷も低減できる。



表1 SLJ 40815 A/B の物性例
項目 単位 物性例
A剤粘度(0.89 s-1 mPa・s 37
B剤粘度(0.89 s-1 mPa・s 34
密度 g/cm3 1.03
硬さ(タイプAデュロメータ) - 22
引張強さ MPa 2.7
伸び % 400
 硬化条件:170 ℃ X 5 min
 測定条件:JIS K 6249





4.2 接着性について
 表2に本製品と弊社標準品であるELASTOSIL® LR 6200 A/Bとの接着性の比較例を示す。樹脂はPET繊維の織布を用いた。ナイフコーターを用いて、精練前後の織布にそれぞれコーティングを行い、シリコーン保護層と織布との接着性を揉み試験(ISO 5981)で確認した。コーティング実施後24時間の初期接着では、LR 6200A/Bは精練布に対して良好な接着性を示し、揉み回数は2000回であった。しかし、未精練布では、表面の油剤などの影響により、揉み回数は1500回となった。
 一方、SLJ 40815 A/Bは未精練布に対しても良好な接着性を示し、揉み回数は3000回であった。さらに、コーティング実施後の布を、温度80 ℃、湿度95%で20日間保管し、同様の測定を行った。その結果、SLJ 40815 A/Bは、厳しい湿熱環境下であっても、未精練布に対する良好な接着性を維持し、揉み回数は2000回であった。


                                       表2 SLJ 40815 A/B とELASTOSIL® LR 6200 A/Bの接着性の比較例
サンプル SLJ 40815 A/B ELASTOSIL® LR 6200 A/B ELASTOSIL® LR 6200 A/B
標準処方 SLJ 40815 A:50部
SLJ 40815 B:50部
LR 6200 A:50部
LR 6200 B:50部
GENIOSIL® GF80:1部 
LR 6200 A:50部
LR 6200 B:50部
GENIOSIL® GF80:1部
樹脂材料の状態 PET織物/未精練 PET織物/未精練 PET織物/精練
 接着試験結果(揉み試験回数)
初期接着 3,000回 1,500回 2,000回
湿熱後接着 2,000回 1,000回 1,500回
 硬化条件:190 ℃X 40秒、コーティング量:20 g/m2
 接着試験:ISO 5981 (荷重10N、初期接着:24時間後、湿熱後接着:80 ℃ X 95% RH X 20日後





4.3 難燃性について
 表3に本製品と弊社標準品であるELASTOSIL® LR 6200 A/Bとの難燃性の比較例を示す。コーティング実施後の織布に対する燃焼性を、水平燃焼試験(FMVSS No.302)で確認した。LR6200 A/Bをコーティングした織布は着火後も燃焼が継続し、燃焼速度は60mm/minであった。未精練布では表面の油剤などの影響により、燃焼速度が速くなり、80mm/minとなった。
 一方、SLJ 40815 A/Bは未精練布に対して良好な難燃性を付与し、着火後は自然消火した。



写真1 SLJ 40815 A/Bの燃焼試験の様子
ts03-018-7l.png    ts03-018-7r.png
(左:着火時、右:消火時)



                                       表3 SLJ 40815 A/B とELASTOSIL® LR 6200 A/Bの燃焼性の比較例

サンプル SLJ 40815 A/B ELASTOSIL® LR 6200 A/B ELASTOSIL® LR 6200 A/B
標準処方 SLJ 40815 A:50部
SLJ 40815 B:50部
LR 6200 A:50部
LR 6200 B:50部
GENIOSIL® GF80:1部 
LR 6200 A:50部
LR 6200 B:50部
GENIOSIL® GF80:1部
樹脂材料の状態 PET織物/未精練 PET織物/未精練 PET織物/精練
 燃焼性試験結果
状況/燃焼速度 自消/燃焼速度なし 燃焼/80 mm/min 燃焼/60 mm/min
 硬化条件:190 ℃X 40秒、コーティング量:20 g/m2
 燃焼性試験:FMVSS No.302 

 


tl02-012-10.png tl02-012-11.jpg


                        

5. おわりに

 液状シリコーンゴム製品で、過酷な湿熱環境下であっても、加水分解性を持つ樹脂の加水分解の進行を抑制し、良好な接着性と難燃性を付与することができ、環境負荷を低減するような製品は既存市場にはなかった。SLJ 40815 A/Bは、今後の高耐久樹脂材料の開発に大きく貢献することが期待できる。





参考文献
(1) 大勝靖― 監修 高分子の劣化機構と安定化技術 シーエムシー出版, 2005, pp.3
(2) 西村寛之 工業部材を長持ちさせるための設計・評価 工業材料 日刊工業新聞社 2018 Vol.66 No.7
(3) 帆高寿昌 ポリカーボネート(PC)工業材料 日刊工業新聞社 2018 Vol.66 No.7
(4) 木下幸治 ポリアミド(PA)工業材料 日刊工業新聞社 2018 Vol.66 No.7
(5) 吉田創貴 ポリブチレンテレフタレート(PBT)工業材料 日刊工業新聞社 2018 Vol.66 No.7

  
各製品の詳細情報につきましては、「お問い合わせ一覧」より、お問い合わせください。

シリコーン活用辞典

banner_library.jpg

旭化成グループ情報サイト


シリコーン工業会